なとりうむのメモ帳

アナログな趣味が多め。好きなことをメインにごく稀にTipsとかも書きます。

本当にスランプなのか?

幼いころから文章を書くのが好きで、小説やら詩やらをたくさん書いてきました。
不思議とネタは尽きず、いろいろなお話を書きました。

この趣味と言えるような行為は小学生の中学年頃から続けていましたが、10代後半になって美しい文章とか、記法とか学ぶにつれて作品をうまく書けなくなりました。
このとき私は「あるべき姿を学び、そこにたどり着けないためにこんなに書けないんだな」とスランプになっていると解釈しました。
そして、完成した作品を書き上げることができる頻度がぐっと下がりました。
迷う時間が増え、ネタが思いついても途中で手が止まり、困惑し、行き倒れるように途中までの原稿ばかりが増えました。
そうして今まで続いているのですが、今日それに一筋光が差したような、なにか掴めそうな感覚を得ることができました。

職場でお昼休みに同期と昼食を取りながら会話していて、くだらないたとえ話や妄想といった話題になった際に「これなら書きたい!書けるかも!」と思った題材がありました。
それは昔私がたくさんの作品を生み出してきていた時期の作風とは大きく異なるネタでしたが、よくよく考えてみれば、小・中学生の頃の私と今の私は、年齢も違えば環境も違い、それにより価値観すらも変化しています。
私は幼い頃から比較的大人っぽいとは周りから言われていましたし、私自身も根っこの部分はそう大して変わっていないだろうと考えていました。
したがって、私が得意なジャンルであるとか、私が伝えたいと思っていることであるとかはそんなに大きくは変わっていないと自身で思い込んでいたように思えます。
変わらない人間なんているわけないですよね。
そんなことは当たり前です。でもそれに私は気づいていなかったんです。
概念としては理解していました。
ただ、それは私自身に当てはまるものとは思っていませんでした。
ものの趣味だって大きく変わっていませんし、同時期にファンになったシンガーソングライターは今だって一番好きな歌手です。
一番守りたいものも当時から変わっていません。
それでも価値観は変わっています。時代、環境に合わせてであったり、幼い頃より知識は増えています。経験したことも増えました。それで変わらないわけがないんです。

もしかして、スランプではなくて作風が変わっているのではないでしょうか。
私はダメになって、作品も生み出せないような人間になったわけではなくて、今自身が心動かされるものが変わっているだけではないかと。
常に暗く落ち込んでいた創作畑の心の中で雲に切れ間ができてひかりが差したような気分になりました。
心機一転、また再び執筆にチャレンジしてみようと思います。